交通事故に遭ったとき、普通は相手に保険会社がついているので保険会社と示談交渉をしますが、相手が無保険の場合、そういうわけにはいきません。
相手が保険に加入していない場合、スムーズに損害賠償金の支払いを受けられないことがあるので、注意が必要です。
今回は、交通事故で相手が無保険の場合のリスクと対処方法をご紹介します。
1.任意保険に入っていない人はどのくらいいるのか?
交通事故に遭ったとき、相手は必ず任意保険に入っているものだと思われていますか?
実際には、任意保険に加入してしないで車を運転しているドライバーがいます。
2015年における日本損害保証協会による調査によると、対人賠償責任保険、対物賠償責任保険の双方とも、加入率は73.8%です。
約7割のドライバーしか、任意保険に入っていないということです。
ただ、残りの3割が全員公道を走っているわけではありません。
中古車の場合、売れるまでの間保険が切れた状態で在庫として抱えられていることなどもあるためです。
こういった分を差し引いても、2割程度の無保険車が公道を走っていることになります。
そこで、交通事故に遭ったとき、10回に2回くらいは相手が無保険車であるケースに遭遇するということになります。
2.任意保険に入っていない場合、どうなるの?
それでは、事故の加害者が任意保険に加入していない場合、どのような問題があるのでしょうか?
まず、誰が賠償金を支払ってくれるのかが問題です。
任意保険に加入している場合には、任意保険会社が支払をしてくれますが、無保険の場合、代わりに支払をしてくれる保険会社がいないためです。
この場合、相手が自賠責保険に加入しているかどうかによって、状況が変わってきます。
2-1.自賠責保険に加入している場合
相手が自賠責保険に加入している場合には、最低限の支払いを受けることはできます。
自賠責保険とは、自動車損害賠償保障法(自賠責法)によって加入が義務づけられている自動車保険です。
自賠責保険に加入しないと罰則も適用されますので、ほとんどのドライバーは自賠責保険に加入しています。
そこで、相手が任意保険に加入していなくても、自賠責保険には加入しているということが普通です。
自賠責保険も保険ですから、加入者が事故を起こしたときには、保険会社が保険金の支払をします。
そこで、相手が自賠責保険に加入している限り、「まったく賠償金を受けとることができない」ことにはなりません。
2-2.自賠責保険の補償額は小さい!
ただし、自賠責保険の金額は小さいです。
自賠責保険は、交通事故の被害者の最低限の救済を目的とする保険だからです。
たとえば、人身傷害事故の場合には、治療費や入通院慰謝料などをすべて含めて120万円までしか支払いを受けることができません。
入通院の期間が長くなると、治療費だけでも相当な金額になるので、慰謝料はほとんどもらえなくなってしまいます。
2-3.自賠責保険を超える金額はどうなるのか?
自賠責保険を超える損害が発生したときには、誰に請求したら良いのでしょうか?
この場合、加害者本人に請求することになります。
ただ、加害者本人は個人なので、保険会社のようにスムーズに対応してくれませんし、資力があるとも限らないので、被害者は十分な賠償金を受けとることができなくなるおそれがあります。
2-4.物損の補償は0!
相手が自賠責保険に加入している場合、最低限の補償は受けられると説明したのですが、これは「人身損害」に限った話です。
つまり、自賠責保険は、「死亡または傷害」という、「人身損害」についてしか補償をしていません。
そこで、車が毀れるなどの「物損」が発生しても、自賠責保険からはまったく支払いを受けられないのです。
物損は、車が毀れた場合の修理費用だけでなく、車が全損した場合の買い換え費用、代車費用や車に乗せていた物が壊れた場合の賠償金などいろいろなものがありますが、相手が無保険の場合、こうした支払いは一切受けることができません。
結局、物損部分についても、相手本人に請求するしかないのです。
2-5.相手が自賠責保険に加入していない場合
相手が自賠責保険にも加入していない場合には、自賠責保険からはまったく支払いを受けられません。
すべての賠償金を、相手本人に請求することとなります。(ただし、後に説明する「政府保障事業」によるてん補金を受けとることは可能です。)
そこで、やはり相手が示談に応じなかったり支払をしてくれなかったりするリスクが発生します。
2-6.相手に直接賠償金請求をすべきケース
以上をまとめると、相手が任意保険に加入していないケースでは、
- 自賠責保険の限度額を超える損害が発生した場合
- 物損が発生した場合
- 相手が自賠責保険にすら加入していない場合
には、相手本人に直接賠償金の支払いを求めないといけない、ということになります。
3.相手が無保険の場合のリスクと問題点
相手が無保険で、相手本人に賠償金の請求をしないといけないとすると、どのようなことが問題になるのでしょうか?
以下で、そのリスクを解説します。
3-1.示談交渉に応じない
まず、相手が示談交渉に応じないことがあります。
こちらが加害者に対し、賠償金の支払いを求めて話し合いをしようとしても、相手が無視をしたり、行方をくらましてしまったりするのです。
すると、被害者はそれ以上請求ができなくなって、泣き寝入りすることになります。
3-2.話合いがスムーズに進まない
相手が話合いに応じたとしても、お互いに素人なので、話合いがスムーズに進まないことが多いです。
交通事故の賠償金の計算方法は、非常に専門的なので、法律に詳しくない人にはわかりにくいことが多いです。
そもそも、どのような賠償金の項目があるのか、ということからしてわからないでしょう。
そこで、まずは自分のケースでどのような損害が発生していて、それをどのように計算するのかを調べないといけません。
相手が保険会社なら、このような損害についての考え方を知っているので、いちいち説明をする必要はないのですが、相手が本人の場合、当然このようなことは知りません。
そこで、いちいちすべてを説明しないといけません。
相手が話の通じない人の場合「どうしてそんなに高いのか?」「納得できない」などと言われることもあります。
また、過失割合についても、当事者同士で話合いをすると、非常に決めにくいです。
どちらも、できるだけ自分の過失割合を小さくしようとするためです。
このようなことから、示談交渉を自分たちで行うと、まったくスムーズに進まず、お互いに険悪になるだけで終わってしまうリスクがあります。
3-3.示談書を自分たちで作成しないといけない
相手が無保険で、自分たちだけで示談交渉をするときには、示談書作成の際にも注意が必要です。
相手が保険会社の場合、示談が成立したら、その内容をまとめた示談書を作成して、被害者宛に送付してくれます。
このとき、内容に問題がないかしっかりチェックする必要がありますが、自分で示談書を作成する必要はありません。
これに対し、相手が本人の場合、自分たちで示談書を作成するしかありません。
普通の人は日常生活で示談書を作成する機会などありませんから、どのように作成したら良いのかわからないことが多いでしょう。
示談書は契約書ですから、適切に作成しておかないと、後にトラブルになってしまうおそれもあります。
3-4.一括で支払いを受けられない
相手に保険会社がついている場合、示談金が分割払いになることはありません。
交通事故の損害賠償金は、数千万円以上になることも普通にあり、ときには1億円、2億円を超えるケースもあります。
これは、普通の人には、到底用意できないお金です。
しかし、どれだけ高額であっても、保険会社が相手なら、示談成立後速やかに一括払いしてもらえるのです。
これに対し、相手が本人の場合には、高額な金額を一括払いしてもらえることは期待しにくいです。
数千万円どころか、数百万円単位の賠償金であっても数年以上の分割払いにされてしまうことも普通です。
数年の間に相手が途中で支払を止めてしまうリスクも十分にあるのです。
3-5.支払をせずに逃げられるおそれがある
相手が無保険の場合、ようやく示談を成立させて支払を待っていても、約束通りの支払をしないリスクがあります。
保険会社がついている場合、示談が成立したら、約束したお金は必ず支払われます。
支払時期も、示談書作成後比較的すぐです。1~2週間もあれば、一括払いで振り込まれるでしょう。
これに対し、相手が本人の場合、支払期限を定めていても、約束通りの支払をしないことがあります。
こちらから「どうなっているのか?」と尋ねても、「ちょっと待ってほしい」と言ってごまかされたり、「今金がないから支払えない」と言われたり、最悪のケースでは、相手が逃げてしまって支払い請求ができなくなったりすることもあります。
3-6.裁判をしても、無資力だったら支払いを受けられない
相手が示談に応じない場合や話し合いをしても合意できない場合、示談書をつくっても約束通りの支払をしてくれない場合には、「裁判をしたら良いのではないか?」と考える方がいるかもしれません。
しかし、相手が無資力の場合、裁判をしても取り立てが不可能なことがあるのです。
裁判を起こして適切に主張立証をすると、裁判所が勝訴判決をしてくれます。
そして、判決では、相手に対して支払い命令が出ます。
ところが、相手に支払能力がない場合、相手は判決を無視して支払をしないかも知れません。
そのときには、債権者が相手の資産を探して差押えをしないといけないのです。
裁判所は、相手の資産を探してくれないので、債権者が自分で相手の資産を探さないといけません。
相手に資産がない場合には、差押えすらできず、最終的に支払いを受けられないおそれもあります。
結局、手間と時間をかけて裁判をしても、最終的に相手に資産がなければ、支払いを受けられずに泣き寝入りになってしまうおそれがあるということです。
4.相手が無保険の場合の対処方法
相手が任意保険に加入していない場合、たくさんのリスクがあることを理解していただけたでしょうか?
この場合、どのように対処するのが有効なのでしょうか。
以下で、対処方法を紹介していきます。
4-1.調停をする
相手と直接話し合おうとしても、うまくいかないときには、調停をしてみることをおすすめします。
交通事故の場合に利用する調停は、簡易裁判所で行う民事調停です。
調停では、裁判所の調停委員と調停官(裁判官)が間に入って、話合いを仲介してくれます。
交通事故事件の調停委員は、交通事故問題の経験豊富な弁護士であることが多いですし、調停官は、普段裁判官として働いている人ですから、法律問題に非常に詳しいです。
そこで、ケースに応じた妥当な解決案を示してくれるため、自分たちで話合いをしているより解決しやすくなります。
また、自分たちが直接話をすると感情的になってしまう場合でも、第三者が間に入ることで、感情を抑えて話をしやすいです。
ただ、調停は話合いの手続きなので、お互いに合意ができなければ、最終的に解決することはできません。
4-2.ADRを利用する
次に、ADRを利用する方法があります。
ADRとは、裁判外の紛争解決手続きです。
裁判所を使わずに、種々のトラブルを解決する機関だと考えると良いです。
交通事故のADRにはいろいろありますが、交通事故紛争処理センターのものと、日弁連の交通事故相談センターのものが有名で、信頼できます。
ADRを使うと、ADRの担当者が間に入って、交通事故の話合いを仲介してくれます。
ADRの担当者は交通事故の経験を積んだ弁護士であることが多いので、裁判所の調停と同じように、妥当な解決を図ることができます。
また、ADRでは、当事者同士で合意ができない場合、ADRに審査請求をすることができます。
審査請求をすると、ADRにおいて、解決方法を決定してくれます。
つまり、ケースに応じた損害の計算をして、相手に対して賠償金の支払い命令を出してくれるのです。
ただ、ADRの決定に対しては、当事者が異議を出すことができます。
そこで、被害者または加害者が異議を申し立てると、ADRによる決定は失効します。
ADRは、利用が完全に無料でサービス内容も充実しているので、困ったときには是非とも利用してみると良いでしょう。
4-3.少額訴訟をする
相手が本人の場合、物損事故などの小さい事故なら、少額訴訟が役に立ちます。
少額訴訟とは、60万円以下の金銭請求をするときに利用することができる簡単な訴訟です。
通常の訴訟よりも大きく手続きが簡素化されているので、素人でも利用しやすいです。
通常訴訟なら1年近くかかってしまうことも普通ですが、少額訴訟なら1回の期日で判決まですべての手続きが終わります。
主張や立証の方法も簡略化されているので、手続きが楽です。
また、判決には通常の裁判と同じ効果があるので、相手が支払をしない場合には、差押えをすることも可能です。
料金も安いので、一度検討してみると良いでしょう。
4-4.通常訴訟をする
少額訴訟を利用できるのは60万円以下のケースだけですが、交通事故で60万円以下の賠償金しか発生しないのは、小さな物損事故くらいです。
多くのケースでは、利用できません。
この場合には、通常訴訟が必要になります。
交通事故の通常訴訟は「損害賠償請求訴訟」です。
損害賠償請求訴訟をするときには、法律的に主張をまとめないといけませんし、適切なタイミングで適切に証拠を提出しなければなりません。
相手から反論をされたら反論も必要です。
このような訴訟手続きを素人が1人で進めるのは困難ですから、弁護士に依頼する必要性が高いです。
相手が無保険で訴訟をしようと思ったら、まずは交通事故に強い弁護士に相談してみることをお勧めします。
4-5.刑事告訴をする
相手が無保険の場合、相手が賠償金を支払わないどころか、謝罪もなく、連絡しても無視されるばかりで、加害者の態度が許せないと感じることがあります。
このように、相手が悪質な場合には、相手を刑事告訴するのも1つの対策方法です。
交通事故の中でも人身事故を起こすと、犯罪になります。
具体的には「自動車運転処罰法」という法律にもとづき、過失運転致死傷罪や危険運転致死傷罪になる可能性があります。
普通の交通事故の場合には過失運転致死傷罪、飲酒運転などの特に危険な運転によって事故を起こした場合には、危険運転致死傷罪となり、刑罰も非常に重くなります。
ただ、交通事故が起こっても、すべてのケースで相手が刑事罰を受けるとは限りません。悪質なケースを抜粋して刑事罰が適用されると考えると良いでしょう。
そこで、相手を許せない場合には、刑事告訴をして、被害者が怒っていると言うことを伝えるのです。
刑事手続きでは、被害者の被害感情も重視されていて、被害感情が強いと処分も重くなります。
そこで、刑事告訴をして処罰意思を明確にすると、捜査機関が動いてくれて、相手を逮捕・起訴してくれる可能性が高くなります。
相手が刑事手続きにかかったら、処分を軽くしてもらいたいため、相手の方から謝罪してきたり、示談してほしいと言ってきたりすることもあります。
4-6.弁護士に対応を依頼する
相手本人と示談交渉をするときには、弁護士に対応を依頼することが有効です。
相手が話合いに応じず逃げていても、弁護士から請求がきたら、焦って話合いに応じることがあります。
また、自分たちで話をしていると、損害の内容や計算方法、過失割合についての考え方がわからないのでスムーズに話が進みません。
これに対し、弁護士であれば、こうした考え方については熟知しているので、問題なく話を進めることができます。
弁護士は、裁判をするときにも心強い味方になります。
裁判は非常に難しい手続きですが、弁護士は訴訟のプロなので、任せていたら安心です。
相手が判決に従わない場合には、弁護士に依頼して相手の資産を差し押さえてもらうこともできます。
5.政府保障事業について
相手が無保険の場合、是非とも知っておいていただきたいのが「政府保障事業」です。
相手が自賠責保険にも加入していない場合、自賠責保険からの最低限の支払も受けられないので、賠償金を相手に請求するしかないのだと説明しました。
ただ、このとき「政府保障事業」という事業にもとづいて、てん補金を受けとることができます。
政府保障事業とは、交通事故で、自賠責保険が適用されず、最低限の支払すら受けられない場合に、被害者を救済するための制度です。
政府保障事業が適用される場合は、以下のようなケースです。
- 相手が自賠責保険に加入していない場合
- ひき逃げなどで相手が不明の場合
政府保障事業が適用される場合、受けられる補償内容は自賠責保険と同等です。
損害の全額の支払いを受けることは難しいことがあるので、限度を超える分は相手本人に請求しなければなりません。
ただ、まったく支払いを受けられないのとは天と地ほどの違いがあるので、相手が無保険の場合、まずは申請して支払いを受けると良いです。
政府保障事業は、各損害保険会社が窓口になっています。
利用したい場合には、近くの損害保険会社に行って、「政府保障事業を利用したいです」と言うと、申請のための書類を渡してくれます。
必要書類を揃えて提出をすると、審査が行われててん補金(自賠責保険金のようなもの)の価格が決定されて、決まった金額の支払いが行われます。
また、政府保障事業が適用されたとき、政府は加害者本人に対し、後から求償して支払を求めます。
そこで、加害者が逃げ得になる心配はありません。
相手が無保険で、支払をしてもらえるかどうかが怪しいときには、まずは政府保障事業に申請をして、残りの分を相手に請求する方法が賢いと言えるでしょう。
6.示談書作成の注意点
相手が無保険の場合には、自分たちで示談書を作成しなければなりませんが、このときにも1つ、注意点があります。
それは、「公正証書」にしておくことです。
ただの示談書の場合には、相手が約束通りの支払をしなくても、差押えをすることはできません。
そのためには、いったん裁判をして、判決を出してもらわないといけないのです。
裁判は非常に手間も時間もかかりますし、裁判をしているうちに相手がお金を使ってしまったり隠してしまったりすることもあります。
ここで公正証書を作っておけば、裁判をしなくても、いきなり相手の財産を差し押さえることができるのです。
相手に保険会社がついていたら、不払いのおそれはほとんどないのでわざわざ公正証書にする必要はないのですが、相手が本人の場合には、約束通りの支払をしない可能性があります。
特に、賠償金を分割払いにするときには、途中で不払いになるリスクが高いので、必ず公正証書にしておくことをお勧めします。
公正証書を作成するときには、全国のどこの公証役場でも良いので、申込みをして手続きを行いましょう。
まとめ
今回は、相手が無保険の場合のリスクと対処方法を解説しました。
相手が自賠責保険に入っていたら、最低限自賠責保険からの支払いを受けることはできますが、それを超える支払いを受けることはできませんし、相手が自賠責保険にすら加入していないこともあります。
相手が本人の場合、示談交渉もうまくいかないことが多いですし、示談が成立しても支払ってくれないリスクがあります。
適切に損害額を計算して、確実に支払をさせるためには、弁護士に対応を依頼することをお勧めします。
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